【まとめて読む】日本の山に登りはじめた!

japan

あの〜こんなことを言うと非常に感じ悪いのですが〜
私のはじめてのまともな登山は、マレーシアのキナバル山。もちろん、スニーカーで登るような山にはいくつか登ったことがありましたが、登山靴を履いて装備をちゃんとしての本格的登山はキナバル山でした。

もともと旅行好きが、「わ〜。こんな景色見てみたい〜」と空気を読まずに登山に挑んだら、同行してくださった方々が素敵な方ばかりだったこともあり、すっかり登山が楽しくなりました。そして日本の山にもちらちら登りながら、バリのアグン山! アフリカのキリマンジャロ! と海外登山も同時進行で進めていて、「日本の山にはあまり登ったことがなくってー」などとうっかり口に出す、非常に感じ悪い人になっております。

でも登りたくないわけじゃないの! 登りたいの! それも高いところに!
ということで、少しずつ日本の山にも登っています。そんなわけで、ここでは日本の登山記録をまとめておこうと思います。
(あ〜、今思い返すと、ここに書いてある以外にも登っていました。が、霧で写真が真っ白だったり、ひたすら歩く修行登山だったりしたものはビジュアル的にアレなので、記録していませんでした)

●日本での登山記録

【槍ヶ岳に登ってきた】こんな私が槍ヶ岳!
【燕岳に登ってきた】北アルプスの女王は秋雨日和
【蓼科山に登ってきた】山岳信仰の不思議な山頂へ
【金峰山と瑞牆山を縦走してきた】噂の岩山縦走と居心地抜群の山小屋泊
【富士山に登ってきた】#1 三度目の正直なるか?!
【霧ヶ峰に行ってきた】満開のニッコウキスゲを眺めるハイキング
【白峰三山に登ってきた】#1 暴風雨のDay1
【茶臼岳に登ってきた】硫黄が匂う火山は贅沢満載!
【涸沢・上高地に行ってみた】#1 最高の雪景色のはずが・・(後編あり)
【笹倉山に登ってみた】霧の中の登山・笹倉山へ
【三つ峠山に登ってきた】春霞の富士を愛でる日
【安達太良山に登ってきた】超レアな無風の雪山山頂へ
【加仁湯&トレッキングへ行ってきた】雪見露天風呂とスノーシューのあとは熊料理
【北横岳に登ってきた】晴天の雪山は異次元の世界
【登山】夏の八幡平
【登山】Long and winding road to the peak of Mt.Fuji
【登山】鎌倉アルプス(20131207)
【登山】筑波山(20140315)

【アグン山に登ってきた】#6 最終回 下山後は友人と

泥のように眠って、目が覚めるとまだ夕方でした。
お茶も飲みたかったし、雨も上がったみたいなので、カメラを持ってちょっとお散歩へ。この日は、昔からの友人が1名、バリに到着する日で、既に到着時間はメールで届いていたので、夕食を一緒に食べる予定にしていました。本当は、それまでの間に、マッサージにでもいきたかったのですが、近所のマッサージ屋さんに電話をしたけどダメでした。何がダメかと言うと・・・「何時が希望?」 と言われ、どの時間を希望しても、「予約がいっぱい」と言われるので、じゃあ何時ならOKなの?と尋ねたところ、「今日はもういっぱい」だと。じゃあ今の会話は不要だったんじゃ・・・と思いつつ、バリってこんな感じだったなあと思い出しました。効率とか、合理性という観念があまり重用視されません。それでも昔に比べると、ずっとずっと効率的に、合理的になってきました。本当にそればっかりは、良いんだかどうなんだかと思います。

夕暮れ時のウブドの空
夕暮れ時のウブドの空

雨上がりの青空が気持ちよく、ウブドの裏通りを歩いてみました。表側は開発されちゃった感があっても、裏通りはまだ昔ながらの雰囲気が残っています。コンビニに入り、虫さされの薬も買おうとしたけれどよくわからないので、ヒマそうに無表情でレジに座っているお兄さんに尋ねたところ、ニコニコしながら虫さされに効くオイルをいくつか勧めてくれました。「うっかり虫にさされて、非常にかゆい」が言えるほどのインドネシア語の語彙もなく、足をカイカイして見せるジェスチャーでの会話ですが、お兄さんはとても親切でした。市場でシルバークローブにバカ高い値段をふっかけられたことを思い出せば、コンビニであっても和やかなお買い物ができたと言うものです。

裏通りは昔ながらの町並み。ランドリーショップが手前に見えます
裏通りは昔ながらの町並み。ランドリーショップが手前に見えます

散歩を終えて宿に帰り、テラスでパソコンを開いて、この後会う友人の展覧会のハガキをデザインしました。この友人は日本画を描く人で、バリを題材にした画も多く、そもそもバリ繋がりで知り合った友人なので、このハガキを作る仕事はバリでやったら良いんじゃないだろうかと思い、素材をパソコンに入れて持って来たのでした。日が落ちて、暗くなったテラスで、ハーブのにおいがする虫除けを振りかけながら、デザインワークをするというのはなんとも優雅な気分。一人の旅ってこれだから良いですね。こんなふうにのんびり仕事するのも良いかもね、と思いながらも、こののんびりさでは、途端に私はさぼりはじめ、食い詰めることが目に見えているので、実現の日々は遠そうです。

このテラスでデザインワーク。優雅すぎる
このテラスでデザインワーク。優雅すぎる

友人が尋ねてきたので、また近所のカフェへ。お店の女の子たちが私のことを覚えていてくれて嬉しいです。こんなふうに、暮らすような旅をするのが、好きなんだなあとじんわり思いました。観光地を飛び歩くのも、至れり尽くせりの宿や清潔でシステマティックなお食事も良いけれど、特にバリ島という場所では、やっぱり自分のやるべきことを楽しんで、あとは近所をぶらついたり、ちょっとした不便を楽しみながら、近くにいる人たちと少しずつ距離を縮めていくような旅が良いと思うんです。

翌日もその友人と、現地在住の友人と昼食をともにしました。現地在住の友人は、まさにアユさんと私を間接的につなげてくれた人。無事登頂の報告や、近況を語り合いながら昼食を楽しみました。その後は、少し離れた場所にあるカフェにのんびり歩いて向かいましたが、その途中に、ウタマスパイスというバリ島で静かなブームの自然化粧品の工房の看板が見えたので、ちょっと立ち寄ってみました。工房そのものよりも、バリの普通のおうちの中だったので、庭の木々やお花のほうがそそられました。

こんな道をのんびり歩きながら
こんな道をのんびり歩きながら

工房は普通のおうちです
工房は普通のおうちです
裏はこんな田んぼになっていて
裏はこんな田んぼになっていて
よく見るとアヒルさんがいますね
よく見るとアヒルさんがいますね
工房で働く女性たち。邪魔してごめんなさい
工房で働く女性たち。邪魔してごめんなさい
花が咲き乱れるお庭がすてきでした
花が咲き乱れるお庭がすてきでした
鶏の足のようなつぼみから咲く深いピンクの花
鶏の足のようなつぼみから咲く深いピンクの花
バリのヤシの実は本当にワイルド
バリのヤシの実は本当にワイルド
くだもの屋を覗きながら歩く
くだもの屋を覗きながら歩く

友人とは夕方近くまでお茶をして、さらに夕食はまた別の友人と合流して食べました。日本の祭日にあわせて旅行をすると、少し金額は高くつきますが、こんなふうに現地で落ち合って食事を楽しめるのが魅力です。そして現在はWifiがどこでも完備されているので、連絡がとれないという心配もあまりありません。・・・しかし私はやらかしてしまいました。夕食で合流する友達が、時間と場所を指定するメールをくれていたのですが、すっかり返信した気になって、送っておらず、しかも私はアグン山に登ることだけを伝えていたので、返事が来ない友人に多大な心配をかけてしまいました。山に行くっていってたけどもしかして病院とか・・・と不安に思った彼らは、私の泊まる宿まで訪ねてくれようとしていたらしいです。幸い、その前に私が気づいてお詫びのメールを送ったので、無駄足を運ばせることにはなりませんでしたが、いや本当にその節は失礼いたしました!

友人と異国で食べる食事は格別
友人と異国で食べる食事は格別

こんな感じで、アグン山に登ることを中心に過ごしたバリ島旅行。これまでとは少し異なる風景を見ることができました。
昔から、バリ島好きの人は、こんなことを言っていました。「バリ島には、その人が望むものがすべて用意されている」。今回それは、私にとって、安全で達成感のある登山であり、暮らすように過ごすことであり、友人と再会して語り合うことでした。バリには神様がたくさんいて、こちらの心持ちによっては、島に受けいられていないと感じることもあります。そんなふうに、エネルギーの調和が目に見えて現れる場所なんだと思っています。今回は少しはうまくいったかな、と思ったり。聖なるアグン山に登れたことは一生忘れないでしょう。バリの神様、心配してくれたお友達のみなさんに、心から感謝です。

朝食はいつもこんな風にクリエイティビティに満ちていた。さすがバリ島の人
朝食はいつもこんな風にクリエイティビティに満ちていた。さすがバリ島の人

【アグン山に登ってきた】#5 登頂達成から下山

しばらく山頂で、バリ全土を眺めたり、撮影をしたり、他の登頂者やガイドと話したりしながら過ごしました。アグン山は真ん中が噴火口になっていて、私が登ったところとは反対方向にもうひとつの山頂があります。そちらのほうが標高が高いそうですが、頂上で話したガイド曰く、そっち側は景色もあまり見えないし登る道のりも楽しくない、本当にヒンズーのお祈りのために登るくらいだよとのことでした。お参りの人たちは、あのバリの正装で、私が登った険しい道以上の道のりを歩くわけです。私が登るときに出会った集団には1〜2名女性が混じっていましたが、正装の上に分厚い上着を羽織って、靴はスニーカーでしたが、地べたに座り込んで休んでたり、なんだかとってもしんどそうでした。標高が上がるにつれ気温も下がるし、いくら宗教のためとはいえ、バリ人にとっても過酷なことだと思われます。

夜明け時は水色の景色
夜明け時は水色の景色
雲が出てきてしまいました
雲が出てきてしまいました
黒白格子柄の布がかけられているのはご神体と思われる
黒白格子柄の布がかけられているのはご神体と思われる
この崖の向こうにもうひとつの頂上が
この崖の向こうにもうひとつの頂上が
ガイドは登頂直後にお祈りをした後も、入れ替わり立ち代わり祈っていました
ガイドは登頂直後にお祈りをした後も、入れ替わり立ち代わり祈っていました
これが真ん中に見える噴火のクレーター
これが真ん中に見える噴火のクレーター

山頂に2時間程度いました。途中、マデさんがポットのお湯でバリコーヒーを作ってくれたので、ありがたかったです。ガイドによってサービスが異なるようで、反訴で半ズボンの欧米人グループ(5人程度)のガイドは特に食べ物や飲み物を渡している様子はなかったですし、途中ですれ違ったシンガポール人の学生数人のガイドは、ミニコンロを持っていて、バナナを焼いたりしていました。マデさんのサービスレベルは品数・手間ひまで言うとその中間くらいでしたが、お菓子やパンや果物は既製品でしたがたくさん持っていたし、コーヒーはちゃんと入れてくれるしで、何かと世話をやいてくれました。パッケージとして成立している登山ではないので、手作り感があってそれもまた味でした。

森林下界を超えているので辺りはこんな岩ばかり
森林下界を超えているので辺りはこんな岩ばかり
神様たちはこんな感じ。たくさんのお供え物があります
神様たちはこんな感じ。たくさんのお供え物があります
太陽がすっかり登りました
太陽がすっかり登りました
夜がすっかり明けると緑の景色へ。左手奥はムンジャンガン島
夜がすっかり明けると緑の景色へ。左手奥はムンジャンガン島

さてそろそろ下山の時がやってきました。マデさんは途中でトイレ(もちろん青空)に行くと言って姿を消しましたが、この急斜面で足場を確保するのは一苦労。欧米人のガイドが見かねて足場を教えてくれました。話がそれますが、この欧米人付きのガイド、ちょっと心に残る人となりました。というのも、私はインドネシア語を勉強していて、サンプルナという煙草のコマーシャルのコピーとして使われていた「Jangan basa basi(お世辞言わないでよ)」という言葉を教えてもらったときに、日本ではめったに言われなくてもバリでは私のように色黒でも色白と思われてお世辞の賛辞をもらうことがあるからそのときに使ったろ!、と思っていたのですが、ぼやぼやしているうちにそんなことを言われないお年頃になってしまい、機会を逃してしまいました。ところがです。下山がはじまった頃にこのガイドに年齢を聞かれ、正直に答えたところ、「若く見えるし、とってもビューティフル!」と超久々のリップサービスを受けたわけです! この機会を逃すものですか! もちろんそこで私は得意げに「Jangan basa basi」を使いましたよ! 特におもしろい反応があったわけではありませんが、きっと私はその時、かつてないほどのドヤ顔だったことでしょう。バリ島最高峰に来て本当によかった!

さて下山。下山というのはなんともつまらないものです。登頂という目的もなく、一度通った道でもあり、頂上でたっぷり休憩してしまっているか乳酸がたまり身体が重くなり、その上足の負担だけはかなり大きいので、苦行と行っても過言ではありません。この下りもかなり、かなりバテました。マデさんも登山時ほど懇切丁寧ではなく、携帯で音楽をかけながら、前を黙々と歩いていきます。私は膝がちょっと弱めなので、カクカクしてきてしまい、何度も休憩をとらせてもらいました。下山するにつれて気温も上がってきて、全身水浴びをしたような汗まみれです。頂上で会った薄着のオーストラリア人は、このあとモンキーフォレストで観光してスパでマッサージをし夕食をとってそのまま飛行機に乗って帰国だそうです。スゲエ・・・。ベッドで横になりたい気持ちだけを抱えて歩き続けました。マデさんに「あとどのくらい」と聞くと、何度聞いても「20minuts」という答えが帰ってきます。ちなみに登山中は「10minuts」でしたから、マデさんなりにこちらの期待値を抑制するテクニックで時間を増減していると思われます。一度じっくりそのへんの経験値をお聞きしてみたい。

本当にこんな傾斜です。登りは四つん這い、帰りは時々お尻をついて進みました
本当にこんな傾斜です。登りは四つん這い、帰りは時々お尻をついて進みました
景色の素晴らしさに救われる。海までばっちり見えています
景色の素晴らしさに救われる。海までばっちり見えています
しかし景色にばかり見とれていると・・・ひとたまりもありません
しかし景色にばかり見とれていると・・・ひとたまりもありません

地上に戻ってまずは何よりもトイレです。登山前に登頂をお祈りしたパサールアグン寺院のトイレを借ります。行きは真っ暗で何も見えなかったけれど、すごい階段と割れ門がある大きな寺院でした。上のほうに正装の男性が3人ほどのんびり座っていて、割れ門を撮影しようとカメラを向けると、ピースしてくれました。心の中で「無事に登頂させてくれてアリガトゴザイマシタ!!」とお礼を言い、そのまま階段を下ると(この最後の階段がもうなんとも苦行だった)、アユさんとデワさんが駐車場から手をふってくれました。二人は昨夜分かれてからずっと駐車場で待っていてくれたにも関わらず、元気いっぱい。お母さんに迎えにきてもらったような気分です。

パサールアグン寺院と手をふるバリ人
パサールアグン寺院と手をふるバリ人

マデさんにお礼を言って、アユさん・デワさんの車でまたウブドに向かいます。途中、道端の果物売りやさんに立寄り、3人でドリアンを食べました。私はドリアンは平気なたちですが、それにしてもここで食べたドリアンは激烈に旨かった! 疲労にはこのネットリとした甘みが身体に染み渡るようで、しかも熟し加減が絶妙で、独特の臭いもそれほど気になりませんでした。食べ終わった後、そのドリアンの殻に水を入れて口をゆすいだり指を洗ったりすると、臭いが残らないよと教えてもらい、半信半疑で試したところ、あら不思議、本当に臭いが消えるではないですか! どういう仕組みでそんなことになるのかまったく不明ですが、アグン山に登った後でひとつお利口になったことよ。
アユさんはドリアンを食べた後、マンゴスチンを山ほど買ってくれました。マンゴスチン、大好きだし、日本では一切食べられないものなので、ホントに嬉しかったです!

疲れていたけれど車の中ではアユさんとずっと喋っていました。ギャニャールという町を通ったときに、バリヒンズー教独特の、ペンジョールというお祭りのときにたてる幟があるのですが、それがめいっぱい道端に立てられていました。アユさんはギャニャール出身で、今日は特別なお祭りなのだとか。で、そのペンジョールが、最近凝ったデザインのものが多くなっているそうです。言われてみれば、窓の外に立っているものも、ハート型をあしらっていたり、複雑に編み込んでいたり、工夫をこらしたものが多くありました。しかし、アユさんは昔ながらのシンプルな、自然を模したデザインのものが良いと言います。そのほうが気持ちに入ってくるとのこと。なんだかわかる気がします。よくホテルの前に、装飾がてらバリっぽいものが置いてあったりするけれど、わざとカラフルにしてあったり、ヨーロッパ風の小綺麗なテイストを取り入れていたりすると、興ざめするのと似ています。アユさんは憂えるわけでもなく、ケロッとした口調ではありますが、バリ人として正しい感覚を持っている人であることが、言葉の端々から感じられ、この人と知り合えたことがなんだか嬉しくなりました。

こういうのが正統派ペンジョール
こういうのが正統派ペンジョール
これは儀式に使う傘だけど、ホテルの前にあるものはこんなふうにハートがついていたりする
これは儀式に使う傘だけど、ホテルの前にあるものはこんなふうにハートがついていたりする

ウブド近くになったらまた雨が降ってきて、すぐに土砂降りになりました。本当に不思議なことですが、登山の時間帯だけ、雨が止んでいたことになります。アユさんも「登山が終わったら降って来たわね! もういくら降ってもいいわよね!」と。叩き付ける雨の中、宿に到着しました。アユさんとは帰国日の空港送迎をお願いしてまた最終日に会うことにし、宿に戻ると、いつも喋っている宿の息子が「ひえー、本当に登ってきたよ! 雨大丈夫だった? 徹夜でしょ! 早く休め!」とにぎやかに迎えてくれました。
もちろんそのまま部屋に戻り、シャワーを浴びて、ベッドに横たわると吸い込まれるように眠気が襲ってきました。

アグン山に登りたいな、と思ったとき、ガイド手配や天候など、うまくいかなかったらそれはバリの神様が登っちゃダメ、と言っていることと理解して、あっさりあきらめようと素直に考えていました。しかしガイドが見つかり、しかもアユさんのように信頼できる人に手伝ってもらえて、登山の最中だけ雨が止んだなんて、本当に奇跡です。アユさんとデワさん、アユさんを紹介してくれた友達、マデさん、そしてバリの神様に感謝です。登山とは私の中で、たくさんの感謝をすることと同意義になっている今日この頃です。

#6 最終回 下山後は友人と

【アグン山に登ってきた】#4 奇跡の雨上がり

ウブドから出発
そんなわけで、雨だったら断固中止、と決意したまま、夕方早い時間に眠りにつきました。目覚めたのは夜の11時、外に出てみると、地面は濡れているものの、雨は止んでいたわけです。アユさんの言う「ガイドが大丈夫って言ってる」が大当たり。マジで?と思いながら、MAX灯りをつけても薄暗い部屋で、登山ウェアに着替えました。

夕方はこんな泣きそうな空でしたから
夕方はこんな泣きそうな空でしたから

夜中の12時に迎えにくると言っていたアユさん、まあバリの人のことだからよくて10分、普通で30分くらいは遅れてくるんでしょうね、と余裕をぶっこいていたら、11時45分に電話がかかってきて「今、あなたの宿の前にいまーす」とのこと。あわてて登山靴をはいて外へと向かいました。

よく考えたらアユさんとはそこが初対面。しかしここは、前述のとおりカネよりコネの土地。村八分のような制度が残るこの島では、近所の評判や繋がりある人の信用に基づく情報が最も信頼できると、私は感じます。これは、バリで仕事をしていたときにも痛感したこと。金銭や物質的な報酬に対しては、驚くほどあっさり裏切られることがあっても、近所や友人・親類の縁でつながった関係に対する裏切りは、よほど罪が重いことと考えている人たちをよく見ました。日本人の言う「世間体」に近いものがあります。言って見れば、個人主義でない国ほど、その傾向が強いように思えます。そんなわけで事前信用度もそれほど低くなかったのですが、車の前で待っているアユさんの目を見て挨拶したとき、それは実感に変わりました。この人が信用できなくて、誰が信用できるんだという感じ。ただそれも、手放しで礼賛するというよりは、生身の人間として様々な面を持っているだろう予測もふまえての、ゆるやかで俯瞰性のある信用です。

アユさんはバリ島の花の色のように明るく快活なお人柄でした
アユさんはバリ島の花の色のように明るく快活なお人柄でした

アユさんと運転手のデワさんと挨拶をすませ、車に乗り込み、真夜中の道をアグン山の麓まで走ります。アユさんは娘さんが2人いて一人はスチュワーデスなのだとか。昔はガンガンガイドの仕事をしていたけど、最近はあまり多くなくて、こういう紹介の仕事だけやっているとか。私が昔、バリで開業していた会社の名前も知ってるし、日本語は片言だけどちょっと喋れる。お互いに自己紹介しつつ、ちょびっとだけ仮眠しつつ、2時間ほどを要して麓の村に到着しました。

登頂祈願×2
真っ暗な広場みたいなところに、車が止まりました。アユさんだけが何やら色々入ったコンビニ袋を持って車を降ります。デワさん聞くと、この道沿いにバリの神様がいるから、登山の安全をお祈りしに行ったのだとか。なんということ。辺りは街灯もなく真っ暗で、アユさんのオレンジ色のポロシャツだけが浮かび上がってみえます。車の外は既に標高が高く、ひんやりとしていました。

アユさんが戻ってくると、そこから15分くらい走って、パサール・アグン寺院の駐車場に着きました。そこで待っていたのがマデさんというガイドさん。バリの人は年齢よりもかなり年上に見えるのですが、マデさんも39歳という割には40代後半くらいの風貌です。ご自身もずっとガイドで、息子さんもガイドをしているとのこと。

私はアユさんに、相談時点に送ったメールで「女性一人の登山で、私はゆっくり歩くので、親切で誠実なガイドをお願い」と伝えていましたが、やけに軽装で、口数が多く、必要以上にフレンドリーな人が出てくるのではないかと覚悟しておりました。そして夜中に男性ガイドと二人で異国の山の中、という、言ってみれば何されたってわからないようなシチュエーションですから、せめてお金で解決しようと、ちょっと多めにお金を隠し持っていたです。が、さすがにアユさん、私のリクエストにちゃんと応えてくれました。マデさんは口数が少なく(バリ人にしては珍しい!)、英語は片言だけど必要なことはちゃんと言ってくれるし、お客さんからもらったという登山服・登山靴・ストックなど装備もばっちり、暗くて顔はよくわからなくても、この人は大丈夫、と思える人柄が滲み出ていました。これこれ、百発百中ではないけれど、ファーストインプレッションで人の善し悪しって、なんとなく感じられるものです。

暗くてボケボケだけどマデさんショット
暗くてボケボケだけどマデさんショット

アユさんは、マデさんにおやつの入った袋とお湯ポット、コーヒー、そしてデジカメを渡し、私には水と飴ちゃんをくれました。ああ世界各国、おばちゃんは飴ちゃんをくれるものです。ここバリではマンゴー飴ちゃんというところがなんというか出色でしたが。アユさんたちは一度自宅を帰るのかと思いきや、私が降りてくるまで駐車場で寝て待っていてくれるそうです。ありがたや、ありがたや。

マデさんと私は、まず寺院の中に入ってお参りです。マデさんが持っているお線香に火をつけて、一本私にくれました。そしてバリヒンズー教のしきたりに従って、登山の無事を祈願。周囲は本当に真っ暗で、ヘッドランプの灯りだけが頼りです。お参りが済むと、登山口に向かいます。数人、バリの正装をした人に会いました。マデさんに聞くと、この日は、お参りのグループもアグン山に登るのだとか。ヒンズー教の聖山ですから、周辺の儀式の時には正装で登るとのことです。ウブド以南のエリアでは、海や川に行くのが主流だったので、やはりここはバリの中でも私がこれまで滞在していたのとは違う、山岳エリアだということを実感しました。

いよいよ登山開始
登山は1500mくらいから始まります。ちなみにアグン山の標高は、なぜか諸説あって、3031mとか、3140mとか、情報が錯綜しています(笑)。まあ3000mちょいということで、開始地点からの標高差1500m。けっこうハードな登山です。
道はうっそうとしたジャングルで、なんだか常に急でした。ジグザグ感があまりなく、まっすぐ登っていくような感じ。もちろん本当のまっすぐではなく、人が通れる道はあるのですが、決して、登りやすく考慮された道ではありません。一度途中でペットボトルを落としてしまったら、ずんずん転がって落ちていってしまいました(マデさんが追いかけて拾ってくれた! 感謝!)。

途中で欧米人カップル+ガイドの組み合わせに遭遇した他は、例の正装の軍団とたまに会うだけで、ほとんどの行程が、真っ暗な道をマデさんと黙々と歩くというもの。でも途中で休憩がてら振り返ると、バリの町の灯りがゆらゆらしているのが見えてきます。東京や香港のような宝石箱みたいな豪華な灯りではなく、それでもかなり多くなっているのであろう素朴な夜景が、やや滲みながら広がって見えます。

そして数時間歩くと、草木がどんどん低くなり、岩場に到着です。マデさんに言われて空を見上げると、なんとも美しい満点の星! あれだけ雨が激しかったというのに、まあよくも晴れたもんです。腰を降ろして、マデさんにもらったチョコバーやビスケットを食べながら、バリの夜景と星の饗宴をしっかり堪能しました。寡黙なマデさんは余計なおしゃべりはしないものの、あのへんがデンパサールだとか、遠くに見えるのはムンジャガン島だとか、必要なことはちゃんと教えてくれるかのがありがたかったです。

これはマデさんの後ろ頭。ピンクのはお参りのときに刺した花
これはマデさんの後ろ頭。ピンクのはお参りのときに刺した花

そして頂上へ
しかしそこからが、アグン山登山の試練でした。岩場がずっと続くのですが、まず傾斜が厳し過ぎて二足歩行ができない(マデさんはできるけど私はできないのて四つん這い)。しかも岩がゴロゴロで足の置き場がない(マデさんが、いちいち足を置く場所まで指示してくれた)。雨の後で足場がすべる(マデさんが繰り返し言っていたインドネシア語「滑る=licin」は一生忘れない単語となった)。そして息切れがひどい(私がゼーハーし始めると、マデさんが止まって息が整うまで待ってくれて本当にありがたい)。そんな苦しい苦しい状況でしたが、ここで滑落したら本当にえらいこっちゃ、という意識が働いて、必死に登りました。

そしてやっとーーーーーー頂上にたどり着きました! まだ5時で夜明け前に到着です!! 快挙!!

夜明け前は深いブルーのグラデーション
夜明け前は深いブルーのグラデーション

だんだん空が明るくなってきました
だんだん空が明るくなってきました

日の出を待つ
頂上に着くと、マデさんはまず、ご神体にお参りに行きました。そして、コーヒーを入れてくれ、栄養補給にアユさんにもらった朝食(パンとバナナ、リンゴの簡単なボックス)やビスケットなどを食べます。しかし、3000mですから、寒いことこの上なし! 持って来たダウンやレインウェアなど、すべて着込みます。それでも寒いのに、私の前に到着していたオーストラリア人は、なんと半袖半ズボン。足下なんてサンダルです。本人曰く、こんなに厳しいと思っていなかったよ、ほぼロッククライミングだったじゃんね、と。彼は4人グループで登っていましたが、みなさん軒並みそんな感じで、ガイドが二人ついていました。うち一人は、節度を持ったフレンドリーで話しやすい人でしたが、もう一人がなんというか、ダメな感じ。ヘラヘラしながら必要以上に接近してきて、余計な話ばっかりしてくるタイプ。ああ私のガイドがマデさんで本当によかった。アユさんに山頂から感謝です。

雲の隙間から地上が見えます
雲の隙間から地上が見えます

前六時すぎ。残念ながら雲が出てきてしまいましたが、雨が降り始めることもなく、隣のロンボク島のリンジャニ山のシルエットが見えてきます。ちなみに次はこのリンジャニ山に登りたかったのですか、残念ながら噴火してしまい、当分叶うことはなさそうです。そして雲間からオレンジ色の光が見えてきました! もう絶景です。周囲が明るくなると、バリ島全景が見えてきます。バリの地図はよく緑色で書かれることが多いのですが、まさにその地図のとおり、緑に覆われた島がくっきり見えてきます。もう感動。マデさんが「レインボー」というのでそちらを見ると、なんと雲の中に虹が見えるではないですか。幻想的この上なしです。

左手奥に見える山のシルエットは隣のロンボク島にあるリンジャニ山3,726m
左手奥に見える山のシルエットは隣のロンボク島にあるリンジャニ山3,726m

もうすぐ太陽が顔を出す・・・それにしても寒かった
もうすぐ太陽が顔を出す・・・それにしても寒かった
アグン山から眺める日の出です!
アグン山から眺める日の出です!
地上の緑が見えてきました
地上の緑が見えてきました
マデさんと私のツーショット
マデさんと私のツーショット
薄着で震えていた方々も記念撮影中
薄着で震えていた方々も記念撮影中

#5 登頂達成から下山
#6 最終回 下山後は友人と

【アグン山に登ってきた】#3 足ならしのライステラストレッキングへ

ライステラスにひと気は少なく、たまーに、近隣の住民とおぼしき人々とすれ違うくらいです。お供え物をもったおばあちゃん、ひまそうにブラブラしているおっちゃん、バイクで二人乗りする正装のカップル・・・。ウブドの町中は、ガラス張りクーラー入りでなんとなく忙しい町になってしまったけれど、少しあるけば私の好きになった頃のウブドがあります。しかし、ところどころでヴィラやホテルが建設中だったりして、このあたりにも滞在客が出没するのは時間の問題かなあとも思いました。

田んぼの中にも必ず神様の場所がある
田んぼの中にも必ず神様の場所がある
立っているのはたぶんピンジャンカン。竹でできた鳥よけです
立っているのはたぶんピンジャンカン。竹でできた鳥よけです
正装のパパ(おじさま)がのんびり歩いている
正装のパパ(おじさま)がのんびり歩いている
これもピンジャンカンかな
これもピンジャンカンかな
正装のカップルが二人乗りで田んぼの道を走ります。絵になるなー
正装のカップルが二人乗りで田んぼの道を走ります。絵になるなー
お供え物と聖水を持って祈りを捧げているイブ(おばさま)
お供え物と聖水を持って祈りを捧げているイブ(おばさま)

こうして歩いていると、引き返すタイミングを失う悪い癖があって、途中で空の雲行きも怪しくなってきたので、道路へ曲がる道が見えたところから引き返すことにしました。そして道を歩いていると、降り出してきましたよ。そしてこの熱帯の島の雨は、びっくりするほど激しく降ったりします。あーあー、今夜からの登山は無理かもしれないな・・・とちょっと残念モード。といっても、まあなんとなく、条件が揃わなくて中止になるなら、それはバリの神様が登っちゃダメっていうことなんだろうと最初から思っていたので、それほどのガッカリ感は持っていませんでした。

赤い絵の具を散らしたような木
赤い絵の具を散らしたような木
お布団干し中。雨が降ってきそうなんだけど・・・
お布団干し中。雨が降ってきそうなんだけど・・・
この島は花の色が濃い
この島は花の色が濃い
ハイビスカスもハワイのとは趣が違う
ハイビスカスもハワイのとは趣が違う
どろぼう除けの、塀の上のガラス
どろぼう除けの、塀の上のガラス
またもや二人乗り。今度は父娘みたい
またもや二人乗り。今度は父娘みたい
椰子の実がみっちり
椰子の実がみっちり
鶏もワイルド
鶏もワイルド
これはペンジョール。鳥除けではなく、宗教的なもの
これはペンジョール。鳥除けではなく、宗教的なもの
元気な椰子の小道をずんずん歩く
元気な椰子の小道をずんずん歩く
途中で小川が出てきました
途中で小川が出てきました
草むらに何気なく置いてあるチャナン
草むらに何気なく置いてあるチャナン
南国の女性は働き者
南国の女性は働き者

そして雨が激しくなった頃、ジュースやお菓子を売っている雑貨屋の前にいる母子に手招きされたので、近寄っていくと、雨宿りしていけと。このお母さん、口のきけない方のようで、すべて身振り手振りですが、不思議と話は通じます。子供を抱っこさせてもらったり、中にいるお父さんからテボトル(アイスティー)を買って飲んだり、子供が持って遊んでいる良い匂いのする柔軟剤の匂いをかがせてもらったり。私は二度目のバリ旅行が一人旅で、こうしてバリの人たちと会話を楽しみながら過ごした体験が忘れられなくて、そこからどっぷり旅にはまりました。国によってはそうもいかなかったり、逆に「一人になりたい・・・」と思うくらい構われたりしますが、バリのこの感じがちょうどよくて、近年はだんだんそういうことも少なくなり、みんなスマホを見だしちゃったから、もうなくなっていくんだろうなーと残念に思っていたのですが、今回こうして雨宿りさせてもらって本当に嬉しかった。

ちょっと怪獣のような草木
ちょっと怪獣のような草木
椰子の木が元気。空は泣きそう
椰子の木が元気。空は泣きそう
バニラが並べてありました。雨降ってくるよ・・・
バニラが並べてありました。雨降ってくるよ・・・
可憐なフランジパニ
可憐なフランジパニ
前向きなフランジパニ
前向きなフランジパニ

ちなみな話しかけられたことで言えば、この数日後、モンキーフォレストの近くをふらふら散歩をしていたら、道の向こう側にいるおっちゃんが私に向かって何か言っているので、ああまだしつこいトランスポートのかけ声をかける人もいるのね〜なんて呑気に通り過ぎながらよく聞いてみると、私の首に巻いていたスカーフがヒラヒラしていて猿にひっぱられるから隠しとけ、っていう助言でした。ウブドちょっと良い話。

ライステラスロードで絵を書いていたおにいさん
ライステラスロードで絵を書いていたおにいさん
ちょっと寂しそうな案山子
ちょっと寂しそうな案山子
花々にとってはまだ雨季が残っているみたい
花々にとってはまだ雨季が残っているみたい
鶏の手のような花
鶏の手のような花
お菓子のような花
お菓子のような花

雨がかなり小降りになったので母子にお礼を言ってさよならして、ウブドの中心部まで戻りました。一度宿に戻り、読書などして過ごしていましたが、ふと思い立ってまた外出。
ウブドは、オーガニックとヨガ好きの欧米人だらけになっちゃったよ、と友人から聞いていて、ちょっと残念に思っていたのですが、私もなんちゃってヨガをやる身なので、体験しないで批判するのはよくないと思って、ウブドで一番大きなヨガセンターに見学にいってみることにしました。私がバリに通ったり、仕事をしていた頃は、ヨガをやるところなんて高級ホテルのアクティビティくらいにしかなくて、身体を動かすことといえば、バリ舞踊を習うことくらいでした。それが、ウブドの早朝、ハノマン通りには、ヨガマットを持ったヨギーがヨガセンターに向かって闊歩しているとか。たしかにヨガウェフショップが目につきます。パソコンで場所を調べて、出発です。ちなみにこの「パソコンで場所を調べて」ってのもかなりの進化よね。かつてはワルテルという公衆電話屋さんで電話をかけるしかない→町にインターネットカフェが林立→どのお店もWifi完備(イマココ)だもんね。たまげるわ。

道っぱたに貯めてある椰子の実と、ナゾの鳥マーク
道っぱたに貯めてある椰子の実と、ナゾの鳥マーク
足下には儚げな花が
足下には儚げな花が

そしてヨガセンターに到着。なんだか布を巻き付けて髪を無造作にアップした女性や、上半身裸で長髪の男性なんかが出入りしています。敷地の中にはカフェがあって、そこでナチュラル(想像)な食べ物や飲み物を食べる欧米人で大混雑しています。さらに進んでいくと、たぶんヨガをやる広場があり、その奥に受付がありました。当日でも可とのことなので、試しに受けてみることにしました。受付はバリ人女性で、テキパキ対応してくれましたが、ニコリともしませんでした。

外ではなくフロアに通されて、日本人は私ひとり、あとはほとんどが欧米系の方で、30〜40人はいたかと思います。ヨガマットの他に、ロープやクッション、バンドを使う、アメリカっぽいヨガでした。先生も欧米系の方で、すべて英語。うう、通常の会話では出て来ない、股関節とか腰骨とか、身体の部位を表す言葉は日常的に使わないので知らないんだよ〜、てことで、周囲をきょろきょろしながら真似していたら、先生に目をつけられていちいちポーズを直されたりしました。感想は・・・なんだか集中できなかったのでよくわかりません。面白い体験ではありました。ただ、もう来ることはないと思います。ここは私のバリではない。

裏道にて、門の横で家を守る人
裏道にて、門の横で家を守る人
家を守る人その2
家を守る人その2
今日は鳥によく出会う日
今日は鳥によく出会う日
見事な割れ門。その向こう側は世界が変わる
見事な割れ門。その向こう側は世界が変わる
こういうお店も少なくなりました。今やこじゃれたお店ばかりです
こういうお店も少なくなりました。今やこじゃれたお店ばかりです
でもチャナンは健在
でもチャナンは健在

そしてヨガの途中から雨が降ってきました・・・登山は中止かな、と思っていたら、アユさんから電話が。
「今日も雨が降っているけれど、ガイドが止むと言っているので、夜中の12時に迎えにいくね〜」
「ええっアユさん、昨夜も一晩中激しく降ってたし、これから強くなるんじゃないの。しかも、山はぬかるむしすべるし危険だよ」
「大丈夫です、ガイドが大丈夫って言ってます」
「(何を持って大丈夫なんかい)マジで? 危険なことはしたくありませんヨ」
「大丈夫です、12時に宿にいきます〜」
電話を切って、空を見上げても一面灰色の空からかなりの雨が降り続けています。とりあえず軽くご飯を食べてこれから仮眠して、夜中の12時に起きたときに雨が降っていたら、安全第一で中止を申し出ようと思ったのでした。

#4 奇跡の雨上がり
#5 登頂達成から下山
#6 最終回 下山後は友人と

【三つ峠山に登ってきた】春霞の富士を愛でる日

2016年4月10日、三つ峠山に登ってきました。
富士山のビュースポットで知られるお山です。

絶妙なブルーグレーの春の富士
絶妙なブルーグレーの春の富士

曇り空の登山でしたが、富士山がまるっきり見えました! ほとんど期待していなかったので感動。春霞でぼんやりして、まるで浮世絵のような景色を堪能。富士山の良さがわかるようになったのは大人になってからです。この付近に住んでいる人は、毎日富士山を見上げて暮らしているんだなあとうらやましくなりました。が、美しい景色も毎日見ていると日常化する、というのは旅で実践済みですので、このように時間をかけて足を運んで眺めるのが私なんかにはちょうどよいのかも知れません。

お花が咲いているわけでもなく、木漏れ日が美しいわけでもなかったですが、富士山を眺め、同行のみなさんとおしゃべりし、温泉に入ってまたおしゃべりしてバスで居眠りしながら帰る、という贅沢な休日でした。

【アグン山に登ってきた】#2 ウブド市場からライステラスへ

バリ島二日目。朝ご飯は宿の食堂で。食堂といっても、壁のないオープンエアで、まだぐずついている空や周囲の緑を眺めながらの開放感あふれる場所です。テーブルにはお茶のポットがあり、座っているとフルーツと、パンケーキや卵焼きなど一皿の控えめなお料理を作ってもらえます。私にはこれで十分でしたが、同じ時期に滞在していた中国人の家族連れは、持参したカップラーメンにお湯を入れてもらったり、食パンを買って来て一緒に食べたりしていました。

朝のお茶。おなかにやさしい。
朝のお茶。おなかにやさしい。

緑のカーテンを眺めながら
緑のカーテンを眺めながら
この日の朝食。緑色のがパンケーキ(!)、その上にバナナとココナッツとシロップが! 芸術!!
この日の朝食。緑色のがパンケーキ(!)、その上にバナナとココナッツとシロップが! 芸術!!

宿のオーナーはお年を召した画家のご夫婦ですが、その息子が経営を仕切っています。インドネシア語の勉強もかねた滞在なので、積極的に彼と会話をして過ごしました。私がアグン山に登ると言ったら驚いて、僕も登ったことがないよ、高校生のときにバトゥール山に登ったくらいだよ、と驚かれました。万が一私が遭難したりしたら、一番最初に気づいてもらわねばならないので、登山後に帰って来なかったらあとはよろしく頼むと言ったら、ゲラゲラ笑われました。

お部屋の前にいるやさしい顔のお方
お部屋の前にいるやさしい顔のお方

ホームステイでは、本当にバリ人のお宅の敷地内に泊まります
ホームステイでは、本当にバリ人のお宅の敷地内に泊まります
雨季は終わっても花がたくさん咲いていた
雨季は終わっても花がたくさん咲いていた
バリのお供え物、チャナン。こんなふうにぞんざいに散らばるのが好き。
バリのお供え物、チャナン。こんなふうにぞんざいに散らばるのが好き。
ホームステイの敷地内に無造作にいるカップル。よく見るとお茶している
ホームステイの敷地内に無造作にいるカップル。よく見るとお茶している
ここにもチャナンがありました
ここにもチャナンがありました

まずは今日は、市場まで歩いて、それから、足慣らしに町外れのライステラスをトレッキングすることにしました。曇り空ですが、雨は上がっています。
宿を出て、まずはウブド市場へ。建物が新しくなったと聞いていたので、見学も兼ねて。確かにこぎれいになっていましたが、一階から地下に続く、ローカルの人たちが食品や雑貨を買いにくるエリアは元の雰囲気のままでした。お香や、お供え物、野菜、果物、魚も売っています。バリには、シルバークローブという、丁字の匂いがするメンソレータムみたいな万能薬があって、昔はそれを見つけて買って虫さされに塗っていましたが、この市場で久しぶりに目にしました。しかし! 眺めていたその瞬間に法外な値段を提示されたので、ほないらんわい、と退散しました。スーパーやコンビニ、ドラッグストアなど、定価のお店が増えてきた昨今、こんなあからさまなふっかけがなんとなく懐かしくなりました。昔は何を買うにも駆け引きに忙しかったけど、あれでバリニーズとたくさん会話することができていました。今はそれが少なくなりちょっと寂しいです。

ここにくるとなんとなくホッとします
ここにくるとなんとなくホッとします

ここは昔から変わらない。場所も匂いも。ニセモノトケイがなくなったくらいかな
ここは昔から変わらない。場所も匂いも。ニセモノトケイがなくなったくらいかな
無造作に置かれる商品たち
無造作に置かれる商品たち
チャナンの群れ発見
チャナンの群れ発見

寂しいといえば、昔は道を歩けば前後左右から「トランスポート!」の声にからめとられる感じだったのに、今はあまり声がかかりません。しかしタクシー業が減ったわけではなく、スマホ片手に覗き見しながらの人が多くなって、顧客争奪に必死な人が少なくなった気がします。それに、タクシーだのトランスポートだの書いた紙を片手に持って、もう片方の手でスマホを見ている、なんて人も少なくなかった。店番の女の子も、道端にヒマそうに座っている男子も、みんなスマホをスクロールしている光景は、日本の電車内を彷彿とさせます。バリニーズから声をかけられなくなったのは、私が当時より若くなくなっただけではなく、声をかける人の総数が確実に減っていることもあるでしょう。これはどこの國でも同じことかもしれません。

市場の真ん中にはバリの神様が
市場の真ん中にはバリの神様が
バリの女性は働きものです
バリの女性は働きものです
いいなあ、買って帰りたいなぁ
いいなあ、買って帰りたいなぁ
ここは雑貨エリア。シルバークローブは購入できず・・・
ここは雑貨エリア。シルバークローブは購入できず・・・
ちょっとの場所さえあれば商売できる
ちょっとの場所さえあれば商売できる
こんなお土産用のお面も売っています
こんなお土産用のお面も売っています

市場を出てから、チャンプアン橋方面に歩いていると、横っちょに、ライステラスに抜ける細い道が見つかりました。民家と民家の間の細い道や階段を通り、ずんずん歩いていくと、突然、ライステラスが目前に開けます。

王宮の前にいるのは、おじいちゃんと孫だろうか
王宮の前にいるのは、おじいちゃんと孫だろうか
ツーリストインフォメーションの看板を通り越して、ライステラスに抜ける道を探す
ツーリストインフォメーションの看板を通り越して、ライステラスに抜ける道を探す
王宮の前の雰囲気は昔から変わらない
王宮の前の雰囲気は昔から変わらない
チャナンの群れを通り過ぎて
チャナンの群れを通り過ぎて
立派な鶏を眺めながら
立派な鶏を眺めながら
あひるさんの群れも通り過ぎ
あひるさんの群れも通り過ぎ
やっとライステラスにたどり着きました
やっとライステラスにたどり着きました

ライステラスを歩いていると、色々なことを思い出しました。ちょうどこのライステラスを挟んで向こう側に、かつて私が働いていたオフィスがあったのです。友人と旅行をプロデュースする会社を立ち上げて、ここウブドで、ウブド出身の従業員たちと一緒にお仕事していました。色々な失敗やトラブルもたくさんあったけれど、バリ人のおうちに一緒に住まわせてもらったり、面白いこと、素敵なこと、嫌なこと、悲しいことがぎゅっと詰まった数年感でした。あの頃はまだ、ここでそういう仕事を作っていく人が少なくて、国自体がおっとりとしていたけれど、この経済成長とネットや通信の発達による世界の激変で、同じことは絶対にできません。今もそうだけど、バーチャンになったときに、このことを思い出してはウフフと懐かしく思うでしょう。使い古された言い回しだけれど、そういう事柄ってお金では買えないから、やっぱり一瞬一瞬を無駄なく生きていこうと前向きに思うわけです。

ウブドのヤシの木はとても元気
ウブドのヤシの木はとても元気

ゆっくりと一人でライステラスを歩く、バリに来て本当によかったなあと思うひとときです。

#3 足ならしのライステラストレッキングへ
#4 奇跡の雨上がり
#5 登頂達成から下山
#6 最終回 下山後は友人と

【アグン山に登ってきた】#1 雨のバリ島に到着

2015年5月、バリ島最高峰のアグン山に登ってきました。

ウブドの老舗「トロピカルビューカフェ」でスイカジュース
ウブドの老舗「トロピカルビューカフェ」でスイカジュース

バリ島訪問は1994年頃にはじめて訪れ、4年くらい置いてからは頻繁に行くようになり、その後、バリ島関連の仕事をはじめて、そこからは日常的に関わるようになっていましたが、2002年の爆弾テロ事件の影響で仕事が変わり、なんとなく足も遠のいていました。けれど、インドネシア語は断続的に勉強を続けていて、そこでできた友達や、当地の友達と現地で会うのを楽しみに、ここ最近ではまた、1〜2年おきに訪れるようになっています。

羽田空港初。夜の空港って好きです
羽田空港初。夜の空港って好きです

私は2013年から登山を始めたので、旅行先でも山があったら登りたいなあという考えが生まれていて、バリにも山があるじゃない、どうせならアグン山に登っちゃう? と思いついたのが出発1ヶ月前。いつも遠くから眺めていたあのヒンズー教の聖地アグン山に登ってみたいという気持ちが抑えられなくなりました。

シンガポール経由でした。リー・クアンユー元首相が亡くなったばかりの時だった
シンガポール経由でした。リー・クアンユー元首相が亡くなったばかりの時だった

しかし、バトゥール山のツアーはあっても、アグン山のはどうも良さそうなのが見つからない。そこで、バリ島在住の友達に「アグン山に登りたいんだけど、誰か知ってる?」とメールをしたところ、そこからご縁が繋がり、その友達のお友達が、バリ人女性を紹介してくれて、そのバリ人(アユさんというお姉さん)が、アグン山の麓に済んでいる地元山岳ガイドを紹介してくれるとのこと! アユさんとメールでやりとりをして細かいことを話し合いました。あくまで持論ですが、彼の地は「カネ」より「コネ」のほうが信用できると思うので、人づてのご縁で繋がったアユさんに一任することにしました。いよいよ夢が実現です!
※2016年現在では、アグン山ツアーが日本からもいくつか組まれているようです。

バリ島は、行くたびに様子が変わるのですが、今回大きく変わっていたのが空港。二年前にも半分くらいは改装されて驚いた記憶がありますが、その驚きを遥かに超えるものがありました。空間がやたら広く、なんだかまだ作りかけみたいな匂いがするけれど、確実に新しく。空港タクシーなんて、前は外のオンボロ窓口だったのが、空港内に威張って専用カウンターを出しています。そしてなぜかそこには、確実に必要以上の人数の係員がいて、無愛想に客を待ち構えています。そこは変わんないか。しかし値段は確実に変わっていて、ウブドまで日本円で3000円でした。なんとなく、空港を出たところもきれいになっていて、あの独特のにおい(丁字煙草や花がまじったような)もすこーし、薄くなったような気がします。

乾季に突入したはずなのに外は大雨。ドライバーも無愛想くんにあたってしまい、ウブドまでほとんど会話もなく渋滞に巻き込まれながら到着です。今回の宿泊ですが、ホームステイを選択しました。豪奢なヴィラに泊まる気になれず、昔通っていた頃に滞在していたような、お気楽な家族経営のところが良いなーと思って。この宿、値段も安くて、人もよく、大当たりでした! 窓ガラスがなく(網戸はある)、部屋の前を色々な人が通るし、宿の人は通りすがりに必ず立ち話をしていくなど、人によっては勘弁してかもしれませんが、私のバリではすべてが「あり」。これがなくてはバリとは言えません。ホテルでも似たようなことはあるけど、この、人との距離の近さは、中級以上のホテルではちょっと無理な気がします。

お部屋の中はベッドサイドランプだけ。涼しく、落ち着く室内
お部屋の中はベッドサイドランプだけ。涼しく、落ち着く室内
お部屋の前にはテラスがあります。ここでくつろぐ時間が好きだった
お部屋の前にはテラスがあります。ここでくつろぐ時間が好きだった
こういうところがバリを好きになった理由のひとつ。ものすごく香しい
こういうところがバリを好きになった理由のひとつ
テラスの前はこんな景色。緑の洪水です。
テラスの前はこんな景色。緑の洪水です。
お部屋の上にはこんな装飾があるのもバリならでは。そして葉っぱで編んだ壁の薄さも(笑)
お部屋の上にはこんな装飾があるのもバリならでは。そして葉っぱで編んだ壁の薄さも(笑)

この日は到着は昼すぎ。雨降りのウブド内を軽く散歩し、ちょっと遠くのスーパーまで歩いて買い物をしたりして、ああそうだったこの道だとか、足元をずぶぬれにしながら土地勘を取り戻していると、すぐ夕方に。ウブドの中はオーガニックカフェやレストランが林立していました。ここでオーガニックじゃないものを作るほうが大変なのでは? なーんて素人考えでしょうか? とにかく、健康志向のお店がものすごく増えました。どこも混んでいるし、ちょっと違うかなという気がしたので、ウロウロお店を探していると、宿のすぐ近くに、昔からある名前はカフェだけどワルンに近いお店を見つけました。冷房もなく扇風機が廻っていて、家族で経営しているぽい。メニューも気取ったところがなく、滞在中は何度もお世話になりました。(ちょっと顔見知りになれて嬉しかった)

晩ご飯の後にコーヒーを頼んだらポットで出てきたよ
晩ご飯の後にコーヒーを頼んだらポットで出てきたよ

久々のバリの夜は、雨の音とトッケーの声を聞きながらぐっすり眠りました。雨のにおいをかぎながら、ちょっと雨季も味わえたなんてお得だったわぁと思いながら。

#2 ウブド市場からライステラスへ
#3 足ならしのライステラストレッキングへ
#4 奇跡の雨上がり
#5 登頂達成から下山
#6 最終回 下山後は友人と

【キリマンジャロに登ってきた】#19(最終回) 持ち物いろいろ

最後に、キリマンジャロに持っていって役にたったもの、そうでもなかったものなどをご紹介します。
私は小さいソフトタイプのキャリーを愛用しているのですが、パーティの中で最も荷物が少ない人でした。でも、次の機会にはもう一回り大きい鞄のほうがよいなー、と思います。
その他には30リットルのリュックのみ。ただし帰国時には、お土産(コーヒーや紅茶は少々かさばる)が増えたので、予備で持っていった大きめのサブバッグも使いました。

nimotsu2

●これはお役立ち!

nimotsu
左:シュラフとエアマット 右上:充電グッズ 右中:写ルンです 右下:蜘蛛の巣テープ

ダウンベスト
いらないかなー、でも軽いし小さいから持っていこう、と鞄の底に入れていったこれが役にたちました。登頂アタックの重ね着に利用したのはもちろん、夜が結構寒かったので、フリースの上に来ておくとそれだけで安心でした。インナーダウンが薄手だったので、これと重ね着することで寒さは十分にしのげました。

ホッカイロ
標高が高いと発熱しないとよく聞きますが、5895mの頂上でも十分温かかったです! 私は大小あわせて20個くらい持っていって、山頂アタック時はもちろん、日々寒い夜に背中に貼付けたりしていました。しかし朝になるとそのことを忘れてしまうため、昼間に厚くなって脱いだときに「カイロ貼ったまま」とよく指摘され笑われました。嗚呼・・・

裏フリースのトレッキングパンツ
登山をはじめる前に、実家(東北)で履く用に購入したものですが、これは重宝しました。山頂アタック時には重ね着に。夜寒いときにも防寒着として、裏に薄いフリースがついているだけでこんなに温かいとは、技術の進歩に感謝するばかり。

電池の充電器
電池で充電できる機器を持ち込みました。私のデジカメはオリンパスで、純正電池はACでしか充電できないタイプなのですが、探せばUSB充電グッズもあるもので、この充電器ひとつでスマホもカメラも事足りました。

アミノバイタルゴールド
これを朝、昼、夕と飲み続けることで、筋肉疲労知らずに。ちょっと高いけど、もう手放せません。右側の錠剤は高山病予防用のダイアモックスです。これも飲んでおいてよかった!
amino

衣類圧縮袋
今回はじめて使いました。というのも、普段の旅では、結構着たきりスズメな私なので、衣類のかさばりを心配する必要がなかったのですが、今回は夏冬の装備が必要なのでこれを使って荷物をダイエットさせることに。これが思ったよりもきちんと圧縮できて、とっても便利! 次からは普通の旅でも使おうと思います。

蜘蛛の巣テープ
これはお祝いごとがある方におすすめ。クラッカーは飛行機持ち込み禁止なので、火薬をつかわないテープタイプのこれはクラッカーがわりになり、安全だし見た目もゴージャス。Amazonで注文しました。

キンドル
飛行機の中で、寝入りばなにシュラフの中で。明るさに応じてバックライトが自動調整されるので、灯りのない環境でも読書が楽しめました。

膝サポーター
下山が苦手で膝カックンになりがちな私。ミズノのサポーターを使ったら、アミノバイタルと相乗効果か膝も元気なまま帰国できました!

マスク
手ぬぐいを口に巻ければそれでOKですが、けっこう埃だらけのシチュエーションが多いので、使い捨てをいくつか持っていったほうがよいです。

ツバの広い帽子
日差しが強いからと経験者に勧められ、キリマンジャロ用に調達したツバの広い帽子。たしかにこのお陰で日焼けは最小限で済んだように思えます。
boushi

トイレットペーパー
こちらも経験者のお勧めで、芯を抜いて紐を通したものを持っていきました。首にかけると用を足す時に超便利! 2つ必要と言われましたが、私は1つでも十分でした。
paper

●使いませんでした!

エアマット
レンタルシュラフとセットになっていたのですが、ベッドにマットが備え付けてあったので、一度も鞄から出すことはありませんでした。

大量のウォーターキャリー
ペットボトルが持ち込み禁止とのことで、麓で水を買って日数分詰め替えていかねばならない、と聞いていたため、2リットルのキャリーを8個購入しました。しかし、10リットルのタンクをポーターさんがたくさん運んでくれたため、1〜2個しか使いませんでした。自分で詰め替えていたら途中で漏れたりするリスクもあったし、これは嬉しい誤算です。
watercarry

写ルンです
出発前に関連ブログを読んでいたら、山頂付近では低温のためデジカメが動作しなくなるという現象があるとの報告が。写真が一枚も撮れない悲劇を回避すべく、写ルンですを買いに走るも、どこにも売っていない! 現像ショップに駆け込んで、店のお兄さんに「写ルンです、ありますか!」と尋ねるも、この人今どき何言っちゃってんの、って顔をされるばかり。しかしアマゾンで検索したらあらゆる機能を搭載した写ルンですが売っていました! 1個購入して持ち込みましたが、Nさんが「カメラしまっとけ」としつこく言ってくれたので、体温で温まっていたせいか、デジカメは問題なく動作しました。

化粧品
水を大量に飲んで、たくさん食べて、たくさん寝て、毎日運動してたら、お肌もつやつやよ。日焼け止めは必要だけど、基礎化粧品もお化粧品もいらなくなっていきました。良いのかどうなんだか。

日本食
食事はまったく期待できないから、インスタント日本食をいくつか持っていったほうが良いと勧められましたが、嬉しい誤算で食事はとても美味しかった。よって、山頂アタック直後の食欲不振時にみそ汁を飲んだ程度で、まったく必要になりませんでした。ただし、行動食は現地調達だけではなく、慣れた味を持っていったほうがよいと思います!

●もっていけばよかった!

防寒タイツ
「神々の山嶺」(原作)で、登山家が荷物の重量を少しでも減らすために、スプーンの柄を折ったりしているエピソードが出てきます。そこまでじゃあありませんが、私も荷物を少しでも減らしたかった。その理由は、登山家のようなギリギリの理由ではなく、単にうちの鞄が小さかったからというショボい理由です。荷造りの最後に、レンタルのシュラフが届いたら、意外と大きくて、パッキングをし直す羽目になり、できるだけ余計な荷物は出さなければならない窮地に立たされました。そこで脱落したのが「防寒タイツ」でした。登山中は暑くなるし、サポートタイツと半ズボンタイプのあったかインナーは持っているから大丈夫ね、と思ったら、こちらに書いているように登頂アタックの際に、持ってこなかったことを深く後悔。これ以後、雪山に何度か行きましたが、防寒タイツは何を置いてでも持っていくように変わりました!

クロックスタイプのサンダル
私はクロックスタイプのサンダルがあまり好きではなく、親指と人差し指で挟んで履くタイプのサンダルしか持っていません。そこで、ビーチでも履ける薄手のズック靴のかかとをつぶして履けばいいかと思ったのですが、これが失敗。砂が入り込むし、何かと汚れるし、足の裏がしっかりしていないと歩きづらいし。クロックスタイプのサンダルの人気の秘密がわかったような気がします。やはりああいうところでは、足をゆったり覆う形で、しかも周りがプラスチックでしっかりしているものが良いです。クロックスじゃなくても、ちゃんと底が厚いサンダルが必要でした。

●壊れてもうた

サングラス
持っていったのですが、私のサングラスはスポーツ用ではなくおしゃれグラスだったため、登頂アタックの後に落として壊してしまいました。やはりスポーツ用の、金具部分が最低限になっているもののほうが、こういった環境・状況ではよさそうです。

カメラのレンズキャップ
手で取り外すタイプはなくしてしまうので、電源ON/OFFで自動開閉するタイプをつけていましたが、途中で半分しか閉じなくなってしまいました。やはり埃が多く、通常と異なる環境では色々エラーが出るものです。レンズに埃が入らないよう、持ち方に注意しなければならなくなったのがちょっと面倒でした。

100円ショップの歯ブラシ
以前使っていた折りたたみができるタイプが便利で、探していたら100円ショップにあったので購入。しかし、柄の部分が安定しなくて非常に磨きづらく、歯ブラシの毛の固さも好みではなかった。壊れていないけれど、もっとしっかりした歯ブラシを持っていけばよかったとずっと思っていました。

私もまた、次の海外登山時には、この経験を生かしていきたいと思います!

【キリマンジャロに登ってきた】#18 Day7 サファリ〜帰国へ

さて、残念ながらフカフカのベッドでぐっすり眠ることはできませんでしたが、新年ということもあって、意外と身体も気持ちもスッキリしています。まずは朝ご飯。ホテルの食堂のビュッフェで、果物やパンをいただきます。インスタントではないコーヒも久しぶりにいただきました。

ホテルのヴィラはこんな感じ。一棟独立型の贅沢な滞在
ホテルのヴィラはこんな感じ。一棟独立型のお部屋で贅沢な滞在
庭にはバナナの花が
庭にはバナナの花が
食堂もこのとおり
食堂もこのとおり
写真で見ると山の食事のほうがずっと豪華に見えます
山の食事もこちらも、同じくらい美味しかった

ご飯の後は割とのんびりしながら出発です。今日は帰国日ですが、午前中の時間を利用して、近くのサファリに行くのです。
まずはホテルに待機しているサファリ専用車の乗り込みます。一見、普通のジープですが、天井がパカッと上にあがって、そこから顔を出すことができます。パーティのみんなと3つの車に分かれて乗り込みます。

庭にあった不思議な花。赤い部分は毛虫のようにモサモサしている
庭にあった不思議な花。赤い部分は毛虫のようにモサモサしている

昨日は暗くてよく見えなかったホテルの周囲もじっくり眺められます。異国の朝って、どんな国でも、日中よりもおっとりした雰囲気で、大好きです。道には、鮮やかな衣装を身にまとった女性が目立つなか、マサイ族が歩いていたりして、今日でここを去るのがもったいなくなる気持ちでいっぱいです。必ずまた、アフリカに来ようと心に決めました。

ホテルの周辺はこんな感じ
ホテルの周辺はこんな感じ

国立公園に到着。大きな象のハリボテを指差して、ドライバーが「ゾーサン!」と言うので、え?マジ? 早速? アフリカだし? とまんまとだまされそうになりましたがハリボテです。しかし、日本人はなぜ象だけ「さんづけ」なのでしょうかね。童謡の影響だけ? だとしたらものすごいプロパガンダですな。

いよいよアルーシャ国立公園へ
いよいよアルーシャ国立公園へ
普段高い建物に囲まれて暮らしていることなんて忘れそう
普段高い建物に囲まれて暮らしていることなんて忘れそう
お山もちゃんと見えます。これはメルー山
お山もちゃんと見えます。これはメルー山
象のハリボテに登ってはしゃぐパーティのメンバー
象のハリボテに登ってはしゃぐパーティのメンバー

国立公園に入ると、早速ルーフが開けられました。立ち上がるとちょうど、ルーフの下から顔を出すことができます。これがものすごく気持ち良い。埃がものすごいので、手ぬぐいを顔の下半分に巻き付けます。今日はそのままシャワーを浴びずに空港に行く予定なので、汚れたら日本までそのままなのですが、そんなの関係ねえ! アフリカの、大自然の空気をたくさん吸い込んで帰りたい! みんなは適当に座っていましたが、私はそんな気持ちから、ずっと立ちっぱなしで外を眺めておりました。風にあたりすぎてさすがに後半はヘトヘトでしたが。

乗っているのはこんな車です
乗っているのはこんな車です
一本道を、いざ、出発 !
一本道を、いざ、出発 !

さて肝心の動物ですが、ここはアルーシャ国立公園。キリンが大勢いるところで、最初からやはりキリンとシマウマの群れに出会いました。しかし小さい。見えない。でもめげない。車はずんずん、国立公園の中を進みます。両脇は木々に覆われ、猿や鳥が見え隠れしています。

まずはヒヒとご対面、ちょっと遠いけど
まずはヒヒとご対面、ちょっと遠いけど
ちっこくて見えづらいけれど、シマウマとキリンが群れています
ちっこくて見えづらいけれど、シマウマとキリンが群れています
木の上にはおさるさん
木の上にはおさるさん

自然の中にいることが普通になっていて、自分が埃っぽいとか、細かいところが薄汚れているとか、正直どうでも良くなってきます。それよりもこの、視界を埋める自然の色と、土と緑の匂いがまざった風と、そんなものたちを惜しむように全身で受け止めたい気持ちが勝ってきます。キリンが近くに見えたときには感動。どこをどう切り取っても絵になるなんて、そうそうあることじゃないです。キリンの他には、カバ、ブッシュバック、カンムリヅルなどを見ました。フラミンゴの群れはお出かけ中とのことで見られなくて残念。そして動物だけではなく、タンザニアで二番目に高いというメルー山の美しい姿も見る事ができました。ちなみに私たちがキリマンジャロでずっと飲みまくっていたお水は、メルー山ウォーターだったそうです。本当にお世話なりましたよ〜。

これぞアフリカの大草原
これぞアフリカの大草原。奥はキリマンジャロだよー
タンザニアで二番目に高いメルー山。ああいつかあそこにも・・・
タンザニアで二番目に高いメルー山。ああいつかあそこにも・・・
この白い部分が針のように鋭い不思議な様相の木
この白い部分が針のように鋭い不思議な様相の木
またキリンの群れがいましたよ
またキリンの群れがいましたよ
一人はぐれてさすらっていたキリン
一人はぐれてさすらっていたキリン
つがいのキリン
つがいのキリン
と、その子供 ! ちっこい!
と、その子供 ! ちっこい!
フラミンゴはお出かけ中だった。普段はここで群れが見られるそう。残念
フラミンゴはお出かけ中だった。普段はここで群れが見られるそう。残念
またしてもキリンの群れが!
またしてもキリンの群れが!
ブッシュバックが佇んでいます
ブッシュバックが佇んでいます
水面に顔を出しているのはカバ。ものすんごい凶暴なんだそうな
水面に顔を出しているのはカバ。ものすんごい凶暴なんだそうな
今回最も絵になったで賞のキリンのつがい
今回最も絵になったで賞のキリンのつがい

さて、サファリは数時間で終了。なぜなら空港に向かわねばならないからです。まずはホテルに戻ってランチを食べることに。実はこの日、ランチボックスを持ってサファリで食べるはずだったのですが、なんとホテルのキッチン担当が寝坊したとかで、ランチボックスが間に合わなかったのです! 外で食べるごはんもよかったのですが、ホテルで結構豪華なランチを食べられたので、かえってラッキーだったかもしれません?! どちらにせよ、登頂を果たした仲間との、アフリカでの残りわずかなご飯ですから、どこで何を食べても満足です。

ご飯を終えたらいよいよ空港へと向かいます。
私は荷物のパッキングがあまり上手じゃないので、予備のバッグと二つに荷物が分かれてしまいましたが、どちらも思い切って預けてしまったので、登頂時と同じサブバッグひとつという身軽なかんじで非常に快適。震災などがあって、もしもの時のためにの荷物を持たざるを得ない反面、やっぱり手ぶらな生き方っていいな! と思う数日間でした。カウンターで荷物を預けていると、突然、天井の灯りが消えました。停電です。でも職員の方々は慣れたもので、ああまたか、という雰囲気でした。そしてなぜか、入国時に記載して提出したカードをもう一度記入し、出国カウンターへ。そしてなぜかここでも、入国時に一度とった指紋をもう一度取られました。タンザニアの入出国管理の仕組みがまったく理解できないまま、この國を後にします。

搭乗まで少し時間があったので、お土産を見繕いました。お店はいくつかあって、品揃えも似ているのですが、なぜかひとつの店舗にみんな集まってしまいます。ちょっと不思議なのですが、よくよく考えてみると、間口がそこそこ広くて、店の中全体が外から見渡せて、品揃えが豊富で一通りなんでもそろっていそうなお店です。そして誰かが入っていると安心して足を踏み入れられるという、相乗効果も生まれています。お店の店員さんも、あまりお客さんに構うことなく、のんびりしているところもよく。みんなここで、Tシャツ、雑貨、CD、マグネットなどを購入。親しいお友達に対するお土産選びは楽しいものてずが、ここらへんでだんだん、日本に残してきた義理も思い出してきて、あああのへんにも買っていかねばとか、なんだかリハビリさせられているような気分になります。

そしていよいよ搭乗時間です。キリマンジャロ→ドーハ便は、タンザニアのリゾート地ザンジバルを経由するため、ビーチリゾートファッションの老若男女が沢山載っていました。登山服にサファリで埃まみれになっている我々とはえらい違いです。隣にはえらく肉付きのよい、お金持ちそうな、中欧ぽい顔立ちのご夫婦。斜め後ろには生成りの衣装をつけたイスラムのエラい人っぽい3人組。かと思えば、ジャージですよねそれ? という格好の(でも顔がちっちゃくてスタイル良いから様になっている!)のカップルも。それぞれがザンジバルで降りていきました。
私たちはそのままドーハまで。そしてドーハでは短いトランジットを経て、一路東京羽田まで帰国の途に着きました。

ああ、なんというエキサイティングな日々だったんでしょう! もう一生忘れられない旅になりました。私たちを安全に、楽しく率いてくれた隊長ならびにガイド・ポーターの皆様には感謝しかありません。この思い出があればこそ、乗り越えられることも今後たくさんあることでしょう!

#19(最終回) 持ち物いろいろ