しばらく山頂で、バリ全土を眺めたり、撮影をしたり、他の登頂者やガイドと話したりしながら過ごしました。アグン山は真ん中が噴火口になっていて、私が登ったところとは反対方向にもうひとつの山頂があります。そちらのほうが標高が高いそうですが、頂上で話したガイド曰く、そっち側は景色もあまり見えないし登る道のりも楽しくない、本当にヒンズーのお祈りのために登るくらいだよとのことでした。お参りの人たちは、あのバリの正装で、私が登った険しい道以上の道のりを歩くわけです。私が登るときに出会った集団には1〜2名女性が混じっていましたが、正装の上に分厚い上着を羽織って、靴はスニーカーでしたが、地べたに座り込んで休んでたり、なんだかとってもしんどそうでした。標高が上がるにつれ気温も下がるし、いくら宗教のためとはいえ、バリ人にとっても過酷なことだと思われます。
山頂に2時間程度いました。途中、マデさんがポットのお湯でバリコーヒーを作ってくれたので、ありがたかったです。ガイドによってサービスが異なるようで、反訴で半ズボンの欧米人グループ(5人程度)のガイドは特に食べ物や飲み物を渡している様子はなかったですし、途中ですれ違ったシンガポール人の学生数人のガイドは、ミニコンロを持っていて、バナナを焼いたりしていました。マデさんのサービスレベルは品数・手間ひまで言うとその中間くらいでしたが、お菓子やパンや果物は既製品でしたがたくさん持っていたし、コーヒーはちゃんと入れてくれるしで、何かと世話をやいてくれました。パッケージとして成立している登山ではないので、手作り感があってそれもまた味でした。
さてそろそろ下山の時がやってきました。マデさんは途中でトイレ(もちろん青空)に行くと言って姿を消しましたが、この急斜面で足場を確保するのは一苦労。欧米人のガイドが見かねて足場を教えてくれました。話がそれますが、この欧米人付きのガイド、ちょっと心に残る人となりました。というのも、私はインドネシア語を勉強していて、サンプルナという煙草のコマーシャルのコピーとして使われていた「Jangan basa basi(お世辞言わないでよ)」という言葉を教えてもらったときに、日本ではめったに言われなくてもバリでは私のように色黒でも色白と思われてお世辞の賛辞をもらうことがあるからそのときに使ったろ!、と思っていたのですが、ぼやぼやしているうちにそんなことを言われないお年頃になってしまい、機会を逃してしまいました。ところがです。下山がはじまった頃にこのガイドに年齢を聞かれ、正直に答えたところ、「若く見えるし、とってもビューティフル!」と超久々のリップサービスを受けたわけです! この機会を逃すものですか! もちろんそこで私は得意げに「Jangan basa basi」を使いましたよ! 特におもしろい反応があったわけではありませんが、きっと私はその時、かつてないほどのドヤ顔だったことでしょう。バリ島最高峰に来て本当によかった!
さて下山。下山というのはなんともつまらないものです。登頂という目的もなく、一度通った道でもあり、頂上でたっぷり休憩してしまっているか乳酸がたまり身体が重くなり、その上足の負担だけはかなり大きいので、苦行と行っても過言ではありません。この下りもかなり、かなりバテました。マデさんも登山時ほど懇切丁寧ではなく、携帯で音楽をかけながら、前を黙々と歩いていきます。私は膝がちょっと弱めなので、カクカクしてきてしまい、何度も休憩をとらせてもらいました。下山するにつれて気温も上がってきて、全身水浴びをしたような汗まみれです。頂上で会った薄着のオーストラリア人は、このあとモンキーフォレストで観光してスパでマッサージをし夕食をとってそのまま飛行機に乗って帰国だそうです。スゲエ・・・。ベッドで横になりたい気持ちだけを抱えて歩き続けました。マデさんに「あとどのくらい」と聞くと、何度聞いても「20minuts」という答えが帰ってきます。ちなみに登山中は「10minuts」でしたから、マデさんなりにこちらの期待値を抑制するテクニックで時間を増減していると思われます。一度じっくりそのへんの経験値をお聞きしてみたい。
地上に戻ってまずは何よりもトイレです。登山前に登頂をお祈りしたパサールアグン寺院のトイレを借ります。行きは真っ暗で何も見えなかったけれど、すごい階段と割れ門がある大きな寺院でした。上のほうに正装の男性が3人ほどのんびり座っていて、割れ門を撮影しようとカメラを向けると、ピースしてくれました。心の中で「無事に登頂させてくれてアリガトゴザイマシタ!!」とお礼を言い、そのまま階段を下ると(この最後の階段がもうなんとも苦行だった)、アユさんとデワさんが駐車場から手をふってくれました。二人は昨夜分かれてからずっと駐車場で待っていてくれたにも関わらず、元気いっぱい。お母さんに迎えにきてもらったような気分です。
マデさんにお礼を言って、アユさん・デワさんの車でまたウブドに向かいます。途中、道端の果物売りやさんに立寄り、3人でドリアンを食べました。私はドリアンは平気なたちですが、それにしてもここで食べたドリアンは激烈に旨かった! 疲労にはこのネットリとした甘みが身体に染み渡るようで、しかも熟し加減が絶妙で、独特の臭いもそれほど気になりませんでした。食べ終わった後、そのドリアンの殻に水を入れて口をゆすいだり指を洗ったりすると、臭いが残らないよと教えてもらい、半信半疑で試したところ、あら不思議、本当に臭いが消えるではないですか! どういう仕組みでそんなことになるのかまったく不明ですが、アグン山に登った後でひとつお利口になったことよ。
アユさんはドリアンを食べた後、マンゴスチンを山ほど買ってくれました。マンゴスチン、大好きだし、日本では一切食べられないものなので、ホントに嬉しかったです!
疲れていたけれど車の中ではアユさんとずっと喋っていました。ギャニャールという町を通ったときに、バリヒンズー教独特の、ペンジョールというお祭りのときにたてる幟があるのですが、それがめいっぱい道端に立てられていました。アユさんはギャニャール出身で、今日は特別なお祭りなのだとか。で、そのペンジョールが、最近凝ったデザインのものが多くなっているそうです。言われてみれば、窓の外に立っているものも、ハート型をあしらっていたり、複雑に編み込んでいたり、工夫をこらしたものが多くありました。しかし、アユさんは昔ながらのシンプルな、自然を模したデザインのものが良いと言います。そのほうが気持ちに入ってくるとのこと。なんだかわかる気がします。よくホテルの前に、装飾がてらバリっぽいものが置いてあったりするけれど、わざとカラフルにしてあったり、ヨーロッパ風の小綺麗なテイストを取り入れていたりすると、興ざめするのと似ています。アユさんは憂えるわけでもなく、ケロッとした口調ではありますが、バリ人として正しい感覚を持っている人であることが、言葉の端々から感じられ、この人と知り合えたことがなんだか嬉しくなりました。
ウブド近くになったらまた雨が降ってきて、すぐに土砂降りになりました。本当に不思議なことですが、登山の時間帯だけ、雨が止んでいたことになります。アユさんも「登山が終わったら降って来たわね! もういくら降ってもいいわよね!」と。叩き付ける雨の中、宿に到着しました。アユさんとは帰国日の空港送迎をお願いしてまた最終日に会うことにし、宿に戻ると、いつも喋っている宿の息子が「ひえー、本当に登ってきたよ! 雨大丈夫だった? 徹夜でしょ! 早く休め!」とにぎやかに迎えてくれました。
もちろんそのまま部屋に戻り、シャワーを浴びて、ベッドに横たわると吸い込まれるように眠気が襲ってきました。
アグン山に登りたいな、と思ったとき、ガイド手配や天候など、うまくいかなかったらそれはバリの神様が登っちゃダメ、と言っていることと理解して、あっさりあきらめようと素直に考えていました。しかしガイドが見つかり、しかもアユさんのように信頼できる人に手伝ってもらえて、登山の最中だけ雨が止んだなんて、本当に奇跡です。アユさんとデワさん、アユさんを紹介してくれた友達、マデさん、そしてバリの神様に感謝です。登山とは私の中で、たくさんの感謝をすることと同意義になっている今日この頃です。
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