そんなわけで、3回目にして非常に快適な寝床を手に入れたため、トイレにも行かずぐっすり眠ることができました。おかげで体調万全で目覚めたのは夜中の1時。いよいよ登頂アタックです。
思い起こせば昨年も一昨年も、この時点で小屋全体がガタガタ揺れるほどの暴風雨。トイレに行くだけで全身ずぶ濡れになる状況では外に出ることすらできず、登頂を断念して寝直して早朝下山、というコースを辿りました。しかし今年は、風も雨もなく、ちょっと霧が出ていましたが、そんなのへでもありませんわ。外を歩けるというだけで、気分は上々。悲願の登頂アタックへ出発です。
キリマンジャロ同様、気温の低い深夜の登頂は体力を消耗するので、余計な荷物は山小屋においていきます。私はリュックも置いていくことにし、サブバッグにおやつと手ぬぐい、腰にカラビナをつけて水筒ケースとインナーダウンの袋をぶら下げます。これで両手と背中の負担がなくなり、かなり楽ちんです。キリマンジャロの学習を富士山で活かすことになりました。
目覚めたら気分は上々。ちょっとお腹が空いていたのですが、煎餅を一枚食べるとさらに元気がわいてきました。
服装は、頭はフリース帽(夜明け後用のツバ付きハットはポケットに入れて)、首にネックウォーマー、上はメリノウール+Tシャツ+薄手フリース+レインウェア、下は着圧タイツ+トレッキングパンツ+レインウェア。夜中は気温が上がらないので、それなりに厚着です。ストックをもって、剣ヶ峰への道を歩き出したのが午前2時。歩いていると徐々に空が晴れてきて、街の明かりが雲の間から見えています。
同じ時間に登頂アタック隊が多数出発するので、たくさんの団体が列を作っています。とはいえ、メジャーな富士吉田口出発ほどではなく、自分のペースで歩くことはできます。ヘッドランプの明かりが帯となり、山頂までゆらゆら揺れています。
とくに急勾配ということもなく、なんとなくキリマンジャロを思い出させるようなガレ場のジグザグ道を歩き続けていると、東の空が少しずつ赤らんできました。まめに休憩しながらのアタックで、途中途中でおやつも食べる元気っぷり。そしていよいよ、鳥居が見えてきました。御殿場ルートの頂上に到着です。
とりあえずは休憩。東の空は少しずつ明るくなっていますが、まだ真っ暗です。周囲には、くたくたな感じでバテている人もちらほら。私はといえば、かなり元気でした。三年前、はじめての富士山は、八合目までの登りも結構キツく感じて小屋では吐いてしまったり、昨年は登りはよくても下で足がガクガクになったりしましたが、私も少しは成長しているのか、傾斜も足場も気持ちにも余裕がありました。ちょうど一ヶ月前の白峰三山縦走で体力が足りてないと感じたため、スクワットと腿上げをコツコツやっていたのもよかったようです。とにかく何事もやはり、継続は力なりですね。
ここから、本当の富士山最高峰である剣ヶ峰に向けてもうひと頑張りです。富士山は火山なので、真ん中に大きなクレーターがあり、その周りはお鉢周りといってぐるっと一時間ほどで一周できます。しかし我々の目的は「剣ヶ峰でのご来光」ですので、お鉢周りはいたしません。まずは坂を登り、富士山奥の院の前に到着。だんだん空にグラデーションができて、少しずつ明るくなってきました。下山のころになると激混みするというトイレを済ませて、一路剣ヶ峰まで、最後の最も急な坂を、足を滑らせながら登り切りました。ここらへんは、キリマンジャロの登頂のふんばりを思い出しながら、一歩一歩進んでいきました。
そこから階段を上って、気象観測所の建物横にある山頂標を目指しましたが、なにせすごい人、人、人。「日本最高地点」と書かれている山頂標には、記念撮影する人が行列をなしていて、これを待っていたら肝心のご来光をみのがしてしまうと思い、心の目に最高地点を刻んだまま、少し下って階段の脇に陣取りました。
空は見たことのないくらい広いオレンジで、剣ヶ峰から少し見下ろす形になるお鉢の向こう側には、富士吉田口から上ってきた人たちのシルエットがギザギザに浮かび上がります。その間を登る太陽の美しさったら。いろいろなところでご来光を見てきましたが、視界が開けている分、富士山のそれはやはり圧巻でした。眺めている皆の顔もオレンジに染まって美しく。しかしながら、動いていないと歯がかみ合わないほどの寒さ! 腰にぶら下げていたダウンを大急ぎで羽織ります。
今年は申年ですが、富士山は申年にできたという言い伝えがあり、申年に登ると縁起が良いそうです。3年越しですから感激もひとしお。この最高の天気の中で見るご来光は、忘れられないものとなりました。
さて、太陽が昇りきったら下山ですが、途中、またもや影富士を見ることができました。それを眺め目ながら、上ってきた急坂を今度は下りていきます。案内のお兄さんがいて、「右側の手すり近くを歩いて! ここで骨折したら下山できなくなりますよ!」と。ほ、ほんまや。足も疲れている時間なので、お兄さんの言うことを聞いて用心深く下ります。
神社も売店も郵便局も、人でごった返していたのと、お腹も空いてきたので、早速下山開始。この時、雲海や空の様相がとても綺麗だったので、立ち止まって写真を撮ろうとしましたところ、交通整理のお兄さんに「そこ! 立ち止まらないで! 写真を撮るならすばやく!」と注意されました。渋滞していたわけでもないのに、こちらはやっとこさ登頂できた記念でもあるの。さっきの骨折注意のお兄さんとの親切度のギャップがかなり残念、富士山で唯一残念な出来事でした。
八合目までの下山は、太陽も上ってだんだん暑くなるので、着ているものを脱ぎながらずんずん下ります。眼下の景色は見た事もないようなパノラマ風景。緑のグラデーションが雲に沈んで、非常に美しかった。登りは夜中で真っ暗だったので、富士山ってこんな景色だったのかとまたしても驚きです。
八合目まで戻ったら、朝ごはん。お味噌汁を飲んで、元気を補充します。荷物を整えたらまた、すぐに下山開始です。
下山のコースは砂走りを利用しました。七合目の休憩時に、ザックにはカバーを、足元にはスパッツをつけ、マスクとサングラスを用意。砂に足を埋めながらずるずると滑り走る、アドベンチャラスな道です。数日前にここを通った人から、砂埃が異常だから気をつけて! とアドバイスをいただきましたが、我々は前日の雨で砂が湿っていて、それほどの砂埃は舞いませんでした。最初は怖々足を進めていましたが、途中から調子付いて、楽しく走りおります。長い長い御殿場口までの道は、これまた見たことのない風景。緑の大地が目の前に広く流れていて、ここは本当に日本なんだろうか?! と思わせられるほどでした。この景色を見るためだけに、また富士山に来たいと思うくらい。本当に美しさに見惚れました。
というわけで、無事に御殿場口に到着。今回やっと、「これが富士山」ということを知る事ができました。いやー、やっぱりすごい山でした。眺める富士山も美しいけれど、登ると意外な姿をいくつも見せてくれます。それはどの山も同じだけれど、バリエーションとしてはやはり日本一。こんな好天はまたとないかもしれないけれど、またこの景色を眺めに必ず来たいと思います。