「話によると、私は慈禧を見るなり、大声で泣きわめき、全身を震わせてどうしても止められなかったという。慈禧はそばの者に冰糖葫蘆[サザンカやカイドウの実を串刺しにして蜜をかけたもの]を与えるように言いつけたが、私はそれをいきなり床に投げ捨てて、「ばあや、ばあや」と泣き続けたので、慈禧はすっかりご機嫌ななめになり、「ほんとにひねくれた子だ。あっちへつれていって遊ばせておやり」と言った。
(「わが半生(上)」 愛新覚羅溥儀 ちくま文庫より引用)
その冰糖葫蘆がこれ。ちなみに慈禧というのは言うまでもなく西太后のこと。幼少の溥儀が、西太后と接見するシーンは、映画「ラストエンペラー」の中でも再現されていたが、この自伝を読んだのがずいぶん昔だったので、その中にこの糖葫蘆が出てきたことは失念していた。なお、「わが半生」を読み返しているのは、先日川島芳子氏の妹さんが亡くなったというニュースを見たからである。私は一時、清朝末期関連を本を読みあさっていたことがあり、それから何年たっても川島芳子や愛新覚羅の文字を見ると、眼の前に自分のイメージが作り上げた物語が展開してしまうであーる。(もちろん脳内BGMは坂本教授のラストエンペラー)
さて、冰糖葫蘆。これを初めて食べたのは、2009年にはじめて台北を旅行したときのこと。毎晩夜市でご飯を食べていて、糖葫蘆の屋台がいくつも目についた。一見、日本の縁日にもあるりんご飴でしょ、と思ったのだが、よく見ると、飴がけのフルーツがちょっと小さい。イチゴは見ればすぐにわかったが、もう一つはなんと、プチトマト。そのプチトマトには切れ込みが入れてあり、ドライ梅が挟まっているのだった。これがまた、周りの甘い飴と、トマトの甘酸っぱさと、梅の食感が絶妙なコンビネーションで、ついつい癖になる美味しさ。屋台のランプの下でギラギラ並ぶ赤い塊はいつ見ても毒々しいけれど、この春再訪した台北でも、もちろん食べましたとも。
台北の食べ物は何もかもが美味しく、むちゃくちゃ幸せな気持ちになるが、屋台おやつの女王の座は断然これ。お茶や、小籠包や、台北に言ったら欠かせないものがいくつもあるが、このお菓子もそのひとつ。もし私が溥儀だったら、冰糖葫蘆を与えられたとたんにどんなコワモテのばーちゃんが眼の前にいたとしてもヘラヘラ笑ってベトベトしたそれにパクついたかもしれません。