【ポーランドに行ってきた】#7 ワルシャワ蜂起博物館へ

さて、旧市街からワルシャワ蜂起博物館へ行こうと思い、路線を確かめようと地図を見たところ、うまい具合に駅が近くにありません。

これは郵便局、行きそびれたところのひとつ!

これは郵便局、行きそびれたところのひとつ!

ワルシャワの中心部は、垂直方向についてはトラムやバスが頻繁に走っているのですが、水平方向が少ないようです。私たちが向かうのは水平方向。もっとも近い駅は地下鉄で、そこまでも割と長い距離を歩きました。

旅に出るときって、当然知らない街なので、地図を見てイメージしながら移動計画をたてるのですが、土地の大きさってなかなかイメージしづらいものがあります。もちろん地図には縮尺が書いてあるのでよくよく計算してみればわかるのですが、たとえば同じガイドブックの中でも街の大きさが違えば当然縮尺が変わっていますでしょう? ここからここまでは何Kmくらい、という具体的な計算をするときにはもちろん縮尺を参考にして時間を割り出しますが、街の全体的な大きさはなかなかイメージしづらいと思うんです(当社比)。

それと、ポーランドで特に感じたのが、ひとつの目的地における所用時間の目論見がことごとく外れたということ。ここはだいたい1時間くらいあればいいよね、と考えていたところが3時間以上を要してしまったり、意外とあっさり終わってしまったり。アジアの国を旅行するときにはあまりそういったことは起こらないと思うんです(しつこいが当社比)。これもそれも文化の遠近感に比例するのでしょうか。

そんなわけで移動には、ポーランド初の地下鉄を使いました。地下鉄の改札もホームも戸惑うこなく、日本と同じ状態で乗れましたが、乗車しているお客さんにはアジア人が少なかった気がします。つまり、ちょっと「あれ?」って顔をされたということ。もしかしてヤバイ? 地下鉄ヤバイの? と最初は思ったのですが、そうではなく、単純に利便性から言ってトラムやバスのほうが旅行者には使いやすく、地下鉄は市民の足のような雰囲気を感じました。

地下鉄の入り口

地下鉄の入り口

地下鉄からトラムに乗り継いで目的の駅で降りるも、蜂起博物館は見当たらず、人通りも少なく、少しうろうろしてしまいました。すると通りすがりの赤ちゃん連れご夫婦が。ここぞとばかりに「ワルシャワ蜂起博物館どこでしょう・・・」と尋ねると、なんと近くまで行くからと連れてってくださいました。道すがら、日本から来てこのあとクラクフに行くという話をすると、「クラクフはとっても素晴らしいからぜひ見てきて!」と強力なレコメンドを受けました。こういうちょっとした出会いと親切と会話が、あとあとまで思い出に残ったりするものです。

ワルシャワ蜂起博物館は、日曜日はなんと入場無料。そのため、やや混んでおりました。受付でバッグを預け、日本語のイヤホンガイドを借ります。このとき、パスポートを預かると言われましたが、我々のパスポートはホテルのセキュリティBOXの中。事情を話して代わりにホテルのカードキーではどうでしょうと尋ねたら、OKしてもらいました! みなさん、ワルシャワ蜂起博物館のイヤホンガイドはID必須ですよ!

ワルシャワ蜂起博物館のロゴ。入場したところでステッカーをもらえる

ワルシャワ蜂起博物館のロゴ。入場したところでステッカーをもらえる

蜂起博物館は、1944年8月1日、ドイツ占領下にあったワルシャワでレジスタンスが蜂起を行いドイツ軍に対して一斉攻撃をしたわけです。当時ポーランドは、ロシアとドイツという大国に挟まれた最悪のロケーションで、双方の国から擁護と敵視の駆け引きに翻弄され、結局は蜂起をたきつけたロシアがポーランドを見捨てたために、ドイツ軍にこてんぱんにやられてしまったわけです。

地下で発行されていた新聞のレプリカ

地下で発行されていた新聞のレプリカ

この二ヶ月の蜂起のそもそもの背景、戦前戦中の様子、蜂起までの各国の細かい動き、蜂起の間のワルシャワの様子などが、臨場感たっぷりに描かれているのがこの博物館です。私の中では、ドイツ軍のポーランド侵攻はユダヤ人虐殺という視点でしか認識しておらず、この旅の間に、これまで観てきたあの映画はこの時のものを描いたのか、と今さらながら気づかされることが多くありました。

この8/1を起点とした蜂起については、何月何日にどんなことが起こったかという「日付」が非常に重要視されているようで、博物館の中にはところどころに日めくりカレンダーがかけてあって、来訪者はのカレンダーを破って持ち帰ってくださいとアナウンスされていました。もちろん私も全ての日付のカレンダーを持ち帰ってきました。

このカレンダーをめくりながら歩く

このカレンダーをめくりながら歩く

この博物館がまた、非常に凝った作りで、背景知識に乏しい外国人にも理解を促すよう、イヤホンガイドはそれぞれのポイントで非常に長い説明がなされます。これを聴きながら様々な疑似体験をしていきます。たとえば壁にあいた穴から覗き込むと戦闘が行われている街が見えて、まるで建物の中に隠れている気分を味わったり、穴の中を覗き込むと、被害者となったユダヤ人の写真が見えたり。映像あり、ジオラマあり、再現あり、当時使われていた武器や新聞などの展示物があり。全体的に暗い博物館の中を曲りくねりながら、次々番号をあわせて長い説明を聞く。

ところどころでその日の出来事の詳細が書かれたノートをもらう

ところどころでその日の出来事の詳細が書かれたノートをもらう

ドイツとロシアに徹底的に攻められていく時系列を模した電子地図があって、「私たちがどういう目にあったかを知ってください」というポーランドの人々の悲痛な叫びを聞き続けているような時間を過ごしました。本当に凄かった。そして自分の勉強不足も実感した。また、ずっとイヤホンの説明を聴きながらゆっくりゆっくり移動していたこともあり、最後のほうではちょっと疲労がMAXになってしまいました。すでに時間は2時間以上経過で18時過ぎ、夏時間が終わっているこの時期で外は真っ暗なはずです。

もう少し空いている日なら、そして時間がたっぷりあったなら休みながら自分のペースで観られたかもしれません。ということで、次にワルシャワを訪れたときには、無料の日じゃなくても良いから1日かけて復習・補習も兼ねて行ってみたいと思っています。

あー、ポーランド二日目にして密度の濃い日を過ごしてしまいました。ワルシャワ中心部に帰ってきて、翌日からのクラクフ移動に備えて、この日は早々に眠ることにしたのでした。

ポーランドワルシャワ博物館

owner • 2016年11月28日


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